東京の私立中高一貫生 学生生活編 ボリュームゾーンの中学受験終了

中学受験 偏差値50を半数の親子は超える事が出来ません。そんな世界の話を書いています

ボリュームゾーンの中学受験 教育費は無限に出さない

中学受験をする家庭は皆セレブ?そんな事はない。生活に余裕がなくても、教育だけはちゃんとしたい、そう思っている家庭だって珍しくない。中学受験は年収1000万以上ないと辛いとかそういう噂があるけれど、お金を出すところと締めるとこををしっかりすれば普通の家庭だって中学受験が出来るのです。

 

ボリュームゾーンの中学受験 教育費は無限に出さない

 

中学受験をしようと息子が生まれた時から考えていた。我が家の収入はとても1000万円には届かない。それでも5歳で公文に入り5年生から大手塾に通うと決めていた。

4年生の間は渋谷御茶ノ水の教材を購入して家で学習していた。本当は通塾した方がいいのかもしれない。そんな悩みを抱えながらもお財布事情を鑑み、親の私が頑張る事にした。まだ通塾の少ない4年生だ。共働きの我が家でも週に3回みっちり付き添えば、模試で偏差値50を取れる位置にいる事ができた。大手塾に入る前に公文は6年生の単元まで終わらせ、計算と漢字は6年生まで終了していた。公文について中学受験に役に立たないとか良くない意見がある事も知っていたが、文章を読む習慣、計算問題を沢山解いても折れない心は中学受験でも使える武器だと思った。

5年生からどこの大手中学受験塾に入塾するか。4年生から6年まで、施設費や全てのオプションを入れて総額いくらかかるか入念に計算した。関東難関中学合格率NO1の学費が高いと思われがちな早秘楠は施設費や教材費などは含まれているし1クラスの人数も少なく、実は中学受験塾の中での料金設定として決して高くない事がわかった。逆にお得だと思われた栄合ゼは上位クラスに入ると別途特訓代がかりテキスト代や施設費が授業料と別に徴収されるので意外と高くつく。料金は各塾に資料請求をしてもはっきりしない事が多く、結局は家から通える範囲の塾に電話をして問い合わせをし「6年生の1年間、施設費、テスト費用、教材費、季節講習、合宿などのオプションを全て取った場合総額いくらになるか」を確認してその中で一番良さそうな都進学院に入塾する事を決めた。都進学院のホームページの私立中学情報には私立中学の6年間の学費情報の一覧が掲載されている。そこを見ると6年間で500万円くらいかかる学校と、700万円くらいかかる学校があり、我が家の上限めやすは550万円と設定しその中から選ぶ。それだけは絶対とした。550万円という設定は志望校を選ぶのにそれほど難しくない数字だった。

息子は塾の3クラスの真ん中のクラスでのスタートだった。都進学院カリキュラムは渋谷御茶ノ水より少し遅いので学習的には余裕があった。学校から帰宅して1人でご飯を食べ、塾へ行く。塾が始まった時間に私が帰宅して息子の散らかした学校道具をかたづける。約束は学校の宿題を終わらせてから塾に行く事になっていたが、気分によっては学校の宿題が終わっていない日もあった。そんな事があっても仕方がない、まだ始まったばかりだ、と1人でいる時間への指示は甘くしていた。塾から帰宅するとご飯を食べて塾の復習。お風呂に入って寝る時間になる。塾のある日はバタバタしていて、学校の宿題は朝起きてやっつける、そんな感じになって行った。

夏休み前になると、塾から帰宅すると塾で解いた所の直しに時間がかかるようになった。塾の宿題に取られる時間が増し、塾に行く前は塾でテストがあるのでその予習をすることがほとんどとなり、学校の宿題は学校に行く直前にパパっと終わらせるだけになっていた。塾での偏差値は56。もう少し頑張れば難関と言われる学校も狙えそうな数字。胸が高鳴る。難関校に届くかもしれない。息子が家にいる時は息子にほぼつきっきりで勉強し、みるみる家庭は教材で埋め尽くされていった。

「もう少し自分の事は自分でやらせない?」共働きで家事を分担している夫から注意が入った。最近の息子は、家に帰ったらランドセルは放置したまま、教材のプリントは解いたまま、ベッドで暗記したら暗記したテキストは置いたままになっていた。「勉強も大事だけれど、自分の事を自分で出来る事も大切だろ?」と最もらしいことを言うけれど夫も結婚したころはほぼ家事が出来なくて、結婚してここ10年で色々と出来るようになったのだ。何を偉そうに?と思う心もあったけれど、とりあえず丁寧に「中学受験って学校で習わない事まで勉強して子供にはすごく負担がかかるの、今はサポート出来る事はしてあげようよ。」と言うと夫は隠す気もなさそうに不機嫌な表情をした。子供のためだろうが何だろうが、自分の負担が増えるのはイヤなのだろう。だからその程度なんじゃない?と心の中で夫に言い返し、でも実際は何も言わず踵を返した。夫みたいになって欲しくない、夫以上に稼げる男になってもらいたい、それが本音だ。私だってやりたい仕事を派遣でしている訳でも何でもない、生活のために働いているのだ。もう少し積極的に子育ても家事も手伝ってくれれば全員がもう少し家庭で楽しく過ごせるのに。家族の事を喜ばせる事ができる男に育ってほしい、息子にはそんな期待をしていた。

夏休みは毎日が戦いだった。夏期講習があるのに私の仕事は休みではない。家事は夏普段より多くなる、勉強のサポート、タスク管理、勉強のサポートも増える。やりたい事は山ほどある。頼れる祖父母もいなければ、個別指導に通えない。都進学院の先生には共働きで日中家にいないので自習室を良く利用すると伝えてはいるし、気にかけてくれているようだけれど限界がある。1日1回日中の進捗管理を兼ねて、個別指導を頼もうか、、、という誘惑に負けそうになるけれど息子に「うちは個別指導まで通わせる余裕もない、そもそも余裕もないけれどあなたにに素晴らしい学生生活を過ごしてもらいたくて中学受験をするの。大変だろうけれど、きっと素晴らしい中学校生活が送れるから頑張って。」という旨を何度も伝えて頑張ってもらった。都進学院の夏期講習は拘束時間が他の塾と比べて短い。本来はその余裕時間に先取りをしたり、苦手を潰したり息子に寄り添いたいけれど、派遣でカレンダー通りの休みしか取れない私はサポートをすることしかできなかった。お盆の期間は夏期講習も休み、夫も休みだった。夫が家で少しは勉強を見てくれているはずなのに、思った通り役には立たなかった。帰宅してやるべきタスクがほぼ進んでいないので夫に何をしていたのか聞いてみた。「息子は毎日1人で頑張っているんだ、俺も休みだし、少しゆっくりしていたんだよ。」との返事にめまいしか感じなかった。中学受験は家庭でのチーム戦、その言葉を思い出した。チームに1人、頑張らなくていいよと言う人がいる、それがどういう事なのかどうしてこの男は理解できないのだろう。本当に腹立たしかった。

お盆休みが終わった後、息子が一人でいる時の勉強量が目に見えて減った。夏休み最終週に受けた模試の偏差値はわずかに下がっていて、クラスは真ん中のクラス、上位クラスに上がる事は出来なかった。

2学期が始まった。運動会の朝練習に塾。塾の宿題が完璧に終わる事はなく、暗記はいつもギリギリだった。公文で国語の漢字を終わらせていたお陰で国語はまだ貯金がありそうだけれども、私ですら「小学生が社会のこんな細かい所まで暗記して何かになるの?」と疑問に思う社会の負担量に驚いていた。学校から帰ってくると少し休憩して塾、塾から帰って復習と生活のリズムは安定したけれど偏差値も50~54と、その辺りで安定してしまった。冬休みは夏休みより息子と向き合えたけれど、それでも偏差値もクラスも上がらなかった。せっかく塾に入ったのに、辞めた方がよいのか、塾を変えた方が良いのか、迷いも生まれた。

学校の成績もパっとせず、5年末の成績表には「学習内容は理解しているけれど提出物が出されていなかったり仕上がりが雑」という旨の事が書かれていた。20回同じ漢字を書く、そんな宿題にまともに取り組む時間が惜しいと思っている。そう書かれて仕方ないと思って学校の成績について息子に注意もしなかった。

6年生に上がりさらに学校でのイベントの負担が大きくなった。低学年と一緒のグループ登校に参加する意味があるのか疑問に思い、グループ登校に遅刻がちな息子を注意しなかった。先生も中学受験をする子に寛容ではない。社会の問題を当てられたので教科書に載っていないことまで答えたら叱られたらしい、塾で一所懸命勉強したことが仇になる。息子は社会が嫌いになり、息子も私も小学校が嫌いになった。

志望校を決めるテストも始まった。渋谷御茶ノ水の合不合テストを受けて出た偏差値は48。初めての他塾の模試は偏差値が低く出るとは聞いていたが、50を切った数字にバーっと頭に血が上がっていくのを感じた。息子はそれでも淡々と勉強をしていた。それだけが救いだったのにある日仕事から帰ろうとした際に塾から着信があった。「息子さんがまだ塾に来ていません。」今度は血の気が引いた。その日息子は友達と遊びに行き、塾に1時間ほど遅刻したようだった。塾から帰って来た息子に食事しながら「この間の模試の結果見たでしょう、そんな成績でなんで塾をさぼっているのよ!」と大声でどなった。慌てて「ごめんなさい。」とすぐに謝ったけれど毎週木曜日の塾は遅刻しがちになった。それから塾の日は息子が塾に行ったか?が気になり夕方になるとソワソワして私も仕事でくだらないミスをしてしまう事もあった。昼休みもみんなとは食事をせず暗記の単語カードを作ったり、隙間時間にできるサポートは全て取り組んでいた。どうせ私が辞めても他の人ができる仕事だ。受験まであと少し。この際だ!と思い6月いっぱいで派遣の更新をせずに仕事を辞めた。血圧が上がったり下がったり、このままでは精神的に私が参ってしまう、既に参っているのかもしれない。金銭的に余裕がない我が家としては本当に苦渋の決断だったけれど、そうするしかないほど精神が追い詰められていた。

6年生の夏休みは息子に伴走することができた。仕事を辞めてつくづく思う事が、子育ては専業主婦に勝てない。幼児の時もそう思ったけれど中学受験はもっとだ。受験が終わったら派遣に戻り、さらに土日も働けばこの分は返せる。そう思った。夏休みはあれもこれもと詰め込み、もっと勉強できると思ったのだけれど、意外と出来る事は少なかった。6年の夏休み前がもったいなかったと思ったがあとの祭りだった。

仕事を辞めたからと言って息子の成績が爆発的に上がる事はなかった。9月の合不合は52、10月の合不合では56を取った。このまま上がれ!と臨んだ11月の合不合の結果は49。56をまぐれと思い52位の学校を第一志望にするか、11月の結果を失敗と思い強気で56位の学校を受験するか。息子を学校に送りだした後に悩んだ。大した数字の差ではないと思えばそうかもしれないが、学校にするとかなり違うのだ。夏休み前は息子の様子が見られなくてストレスだったけれど、今は良く見えるストレス。こんな事なら1年前に仕事を辞めてもっときちんと見ておけばよかった。52の学校、56の学校、両方の過去問を解き、息子の点数を見て、偏差値56の学校とも相性が悪くなさそうだと思い、56の学校を第一志望として本番に突入して行った。

受験料も抑えたい。受験料で20万という話も聞くが我が家は10万円以内で決めたい。1月はグループで受験すると安くなる学校をメインに受験した。ただ実際に通うとなると交通費が高くなると思ったが、埼玉校は東京より比較的学費が安く面倒見が良い学校が多いので、埼玉校に進学も悪くないと思った。そこまで絞ってくると後は不思議と落ち着くもので、第一志望の過去問を解き、グループ校の過去問を解き、お守り校(入学費免除等)の過去問を解き、どこかに合格するだろうと落ち着いて日々を過ごした。埼玉の学校で合格をもらった時は予想以上に嬉しく、試験傾向は違うのに合格をくれた学校の東京のグループ校も自信を持って受験ができた。

結果として2月1日の第一志望の偏差値56の男子校はダメだったけれど、2月2日のグループ校に合格した。3日に特待生試験で合格した学校もあったが正規金額を払ってもグループ校に通う事を決めた。もともとは受験料と偏差値で選んだ学校だったけれど、冷静に考えるとお金云々ではなくその学校に決まる事が我が家にとって最善だったのだと思えるほど我が家が子供に身に着けて欲しい事を提供している学校だった。派手さはないが生徒と教師の距離が近い、英語教育に力を入れて実践している。生徒の中に溶け込む息子の姿が想像できた。

春休みの課題まで付き添い、4月に晴れて私は派遣へと復帰する。

中学受験は課金ゲームというけれど、そんなの衣食住だって同じだ。人それぞれの価値観の範囲でやると決めればその通りになる。そして決めた範囲で戦う事ができれば満足できる結果がついてくるのだ。でももう一度中学受験の伴走をしたいかと言われたら私はお断りかな。

 

※この話はフィクションです、実在の人物団体等とは全く関係ありません

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